2018/09/11

自分のお墓を作ったことがあります


ハムスターを飼っていて、死ぬたびに家の庭に小さなお墓を作っていました。

4匹飼っていたので(飼っていたのは一匹ずつ)、4個のお墓を作りました。





お墓を作るときはいつも、神聖な気分になりました。

と同時に、ハムスターは死んじゃったけど、それはとても悲しいことだけれど、自分は元気だし、がんばって生きていこうという気持ちになりました。

いわばお墓作りは私にとってポジティブな行為であり、うまく言い表せないけど、自分が新しく生まれ変わるタイミングでもありました。

高校に通い出してからは、部活(バスケ)が忙しくてハムスターを飼うのをやめました。

お墓作りは一時お預け、となったわけです。

それはしかたないとして、私は16か17歳で、すごく色々悩んでいて、毎週金曜の夜になると、一人部屋に引きこもって泣いていました。




土日は学校がないから、泣いて目が腫れても大丈夫と思い、金曜日の夜は泣いてもいい時間になっていました。

たまに土日に部活の練習試合が入ることがあり、そのときは泣くべきじゃないと分かっているのに、金曜日に泣く身体になってしまっていたので、目を腫らせたまま試合へ向かうこともありました。

部活のメンバーの前ではいつも明るいキャラで通していました。

悩みなんてなんにもないような、おバカで陽気なキャラ。

マックのポテトだけ食べていれば幸せ~みたいな。

みんな私の異変(目の腫れ)に気づいているのに、気づかぬふりをしていました。

それはみんなの優しさだったのか、冷たさだったのか、いまだに判断がつきません。

私がみんなに対して遠慮していたからかもしれません。

いや、もっとはっきりいうと、心のどこかでみんなを軽蔑し、深く関わりたくないと思っていたせいです(気安く声をかけないでほしいと思っていた)。

そのことが、きっと伝わってしまっていたのでしょう。

私には物心ついたときから、他人を見下すくせのようなものが備わっていました。

そんな性格、心の状態に自分でもゾッとするときがあり、「ちがう自分になりたい」、「周りの人と心から打ち解けられるような寛容な人間になりたい」と思っていました。

そして今の自分を捨て去るために、自分のお墓を作ることにしました。

それは簡易なお墓でした。

でもそれは精一杯のお墓でした。




使用中のポイントカード、診察券、印鑑、学生証、そして真っ二つにへし折ってしまったケータイをお菓子の缶に入れ、庭に埋めました。

どれも今を生きるのに必要なものだけれど、もう要らない。

そんなものあったってしょうがない。

これまでの私をすべて消さなければならないのだから。

新しく生まれ変わるために。

埋めた缶の上に花を供えました。

わざわざ花屋に行って、ガーベラやカーネーションなどの華やかな花を買ってきました。

それらは、自分のために買ったはじめての花でもありました。

そのときは本当に頭がどうかしていました。

自分のお墓を作るなんて・・・。

今だから笑えます。

缶に入れたものはどれも必要なものだったので、あとあと墓を掘り返さなければなりませんでした。




なんというバカさ加減。

へし折ったケータイはまだ解約していなかったので、それをauショップに持っていったときの店員の困惑ぶり。

店員:「こんな形状に曲がったケータイこれまで見たことないです」

私:「私もです」

お墓作りにかぎらず、「あのときはああするしかなかったんだ」というエピソードが私にはまだまだあります。

いずれも、人には理解されないだろうというあきらめの気持ちと、そんな話をしたら人を怖がらせるか不快にさせるかのどちらかだろうという気持ちがあります。

でも誰にだってその手の暗くて、せつなくて、どうしようもない体験があるんじゃないかな、と思います。

自分を守るために隠している話がきっとあるはず。

私は捨て身です。

こうしたエピソードを内に留めず、外に発散することで、生きることのむなしさをどうにかごまかそうとしているのかもしれません。






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