2018/05/10

終わった恋の隠し場所 ~彼が所持していないもの~


作曲家の東城先生のスタジオで、自己紹介が終わるなり、ショウが一曲歌うことになった。

歌う曲は彼が作曲し、私が作詞した最新曲『Crystal of the Sun』。

詞が実際に曲にピッタリあてはまっているか、歌いやすいようになっているか確認するために歌うみたいだけど、詞はその日に、つまり東城先生のお宅に来る寸前に用紙のコピーをショウに渡したばかりだったので、彼がちゃんと歌えるか心配だった。


Crystal of the Sun


どこまでも続く空と静かなさざ波
からだじゅうから溢れ出す夏色のイメージ
君のflavor海に溶けた 歌う泡のように
熱く乾いた風を受けて

Sunny beach 君のこともっともっと知りたい
Tell me how 太陽に急かされながら

Do you feel the sea? 波に揺れながら
呼んでいる明日へ裸足で駆け出そう
Just feel the blue 想い出に変わる

この夏をもっと抱き寄せてCrystal of the sun


でもひょっとしたら、うまく歌えるんじゃないかとにわかに期待した。

というのも、彼はそういう状況に慣れているんじゃないかと思ったから。

「はい、じゃあ今歌って」という状況に。

それに彼が自分で作曲した曲だ。メロディーくらい覚えているだろう・・・。

しかし予想を大きく裏切り、彼は見事に失敗した。完敗だった。

まずお得意の高音が全然出てないし、メロディーを暗記していないので、ところどころ音が詰まったり抜けたりしてひどい有様だった。

そもそも女性アイドル用の曲を、キーを変えずに歌うのはかなり難しかったろう。

先生は「グダグダだね」と言って、サビに入る前に曲を止めてしまった。

居てはいけないところに居合わせてしまったようだった。




ショウはどんな反応を見せたか。

彼は顔を真っ赤にして、額からものすごい量の汗を噴き出し、上着の袖で必死に汗を拭っていた。

彼はキレやすいとユリアから聞いていたし、実際私も感じていたけど、先生の前ではそんな様子は少しも見せなかった。

当然といえば当然。自分が作曲を学びたくて、それを教えてもらっている立場なんだから。

彼にとって先生はあこがれの存在だ(先生はAKBやジャニーズからも楽曲の依頼が来るらしい)。

その日のレッスンで、彼は他にも作曲した曲を先生に聞かせていたけど、先生は5秒も聞かないうちに、「これは使えないな」と言ってすぐに曲を停止させていた。

プロの世界だった。

2週間かけて作った曲を5秒でボツ。

これが普段の光景なのだろうか?

これに耐えて先生に何年もついていくには、相当の神経がいる。

あるいははじめから神経がない。

そのどちらかだろう。

おそらくショウは後者である気がした。

一応うろたえてはいるけど、精神的ダメージを受けているわけではなさそうだった。

あるいは麻痺しているのか?

レッスンが終わり、帰りにコンビニに寄ったとき、彼はさもうまそうにアメリカンドッグを買って頬張っていた。

「久々にこれ食ったわ。やっぱうまいね~」なんてほざいてやがる。

私は何も食べる気にならなかった。

先生のいる空間から解放され、ただボーッとしながら彼がアメリカンドッグにかじりつくのを見ていた。

ふと、もしかしたらこいつは音楽で成功するかもしれない、と思った。

どんな仕事でもそうだけど、成功する人の大半はこの神経のなさから来ている気がした。

先生にあれほどダメ出しをくらって、それでもその数分後にアメリカンドッグをうまそうに食べられる人間というのはそういないだろう。

「かなり少ない」と「ほとんどいない」の中間くらいレアなのでは?




その神経のなさで先生のレッスンを受け続け、日々作曲を続けていれば、そのうちどうにか形になるのではないだろうか。

生活のすべてを音楽に捧げれば、ひょっとしたら道が開かれるかもしれない。

挫折を知らない心。

恋人ユリアに対する執着心を音楽に向けさせる方法はないか、私は考えた。

もっともっと彼に作曲させること。その曲に私がいい詞をつけて、先生に一つでも多く曲を認めてもらうこと(認めてもらえば、先生の中のストックに入り、曲の依頼が来たとき、使ってもらえるチャンスがあるらしい)。

だんだん自分が何をすればいいかが見えてきた。

私は作詞家として成功する気は微塵もなかったけど、ショウにいい詞を提供することに関しては燃えてきた。

それは1円にもならないことだけど、親友であるユリアを救う一番の近道にちがいなかった。

私はヒマさえあれば、彼の曲に詞をつけた。

私の脳には、体には、常に彼の作ったメロディーが流れるようになっていった。

仕事中もつい口ずさんでしまうことがあった。

仕事が終わって疲れていても、新しいメロディーを欲した。

私はまるで彼の曲のために存在しているみたいだった。

私はまるで彼のために生きているみたいだった。






【あとがき】

話の中にアメリカンドッグが出てきたので、久々に買って食べてみました。

おいしいけど、けっこうヘビー。

今の私にとってはおやつというより主食です。

ショウはこれを20秒くらいで食べてました。丸呑みにするような勢い。

大好物だったんでしょうね。私の前で何度か食べていました(飲んだときの〆として食べているときもありました)。

ドラえもんはドラ焼き、クレヨンしんちゃんはチョコビというように、ショウといったらアメリカンドッグ。

彼はとくに太ってはいなかったけど、今頃デブってる気がします。

毎日もやしと納豆生活の私ですら、ぽっこりお腹になってきているのだから。






最初から読む:『終わった恋の隠し場所 ~恋愛ではない何か~』

前回に戻る:『終わった恋の隠し場所 ~プロの作曲家~』

続きを読む:準備中






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