2018/05/09

終わった恋の隠し場所 ~プロの作曲家~




ショウと会うようになって2ヶ月が過ぎてから、彼に作曲を教えている東城先生に会うことになった。

何十年にもわたって有名アーティストの楽曲や、CMのテーマソングを手がけてきた人で、会えるだけでも私にとっては光栄なことにちがいなかった。

横浜にある音楽の専門学校でも、楽曲作りを大勢の生徒たちに教えているらしい。

それとは別に自分でストリートライブなどでスカウトした人をプロの歌い手としてプロデゥースしたり、ショウにしているようにシンガーソングライターとしてやっていけるように楽曲作りをサポートする、ということもやっている。

しかも息抜きにライブハウスなどで、自分のパフォーマンス(歌やギターやピアノ)も披露することもあるそうだ。

まさに「音楽の人」という感じで、私はなんだか気後れしてしまった。

私は音楽が好きで作詞をやっているわけではなかったから。

会った瞬間、偽者だとバレ、追い払われるかもしれなかった。




先生の家の一部が音楽スタジオになっていて、そこでショウはいつもレッスンを受けているらしい。

そのスタジオへショウと一緒に彼のレッスン時間におじゃますることにした。

私は別に先生に会いたいわけじゃなかったけど、ショウとの関係を深めるためには、そうすることが必要だった。

いわば先生に会うことは、ショウの領域に入っていくことでもあった。

先生に会うとき、ショウはなんだかピリピリしていた。

待ち合わせ時間ちょうどに行ったのに、「遅い」と言われた。

先生のことを尊敬しているのは分かるけど、だからといって私にえらそうな口を利かないでほしかった。

先生の家に向かう途中、ショウが「紙とペンは持ってきたか?」と聞いてきた。「先生の話を聞くときに、大事なことはメモするように」

私は持ってなかった。伝えると、ショウがコンビニで買ってくれた。

「それくらい自分で出すよ」と私は言ったのに、聞き入れてもらえなかった。

強引。買い与えられて、すごく嫌な気持ちがした。

ショウとしては、私の世話をしているつもりだったのだろう。

はっきり言ってうざいだけだった。




先生の家は、お屋敷というほどではないけど、けっこう大きな一軒家だった。

でもスタジオは6畳ほどで、家の大きさのわりに狭い印象を受けた。

先生のデスクがあり、ノートパソコンとキーボードが置いてあった。

部屋の中央にマイクがセットされていて、いつでも歌えるような環境になっているみたいだった。

壁にはこれまで先生が携わったアーティストのCDがずらっと飾られていた。アイドルグループから演歌歌手まで、ずいぶん幅広く扱ってきたことが一目で分かった。

でも先生自身はそんな経歴などまるで忘れさせてしまうくらい気さくな人でビックリした。

そこで私は自己紹介することになったのだけど、フランス文学が好きだと言うと、先生が話しに食いついてきた。

そうやってどこの誰だか分からない人間の話を、興味を持って聞けるという時点で、この東城先生という人物はすばらしいと思った。

私が先生に自己紹介で話したことのどれも、ショウには初耳だっただろう。

隣でショウは「意外」という顔をしていた。

そうだ、私はショウに会ったとき、彼ばかり夢中になって自分の話をするので、私自身のことはほとんど何も語らなかったのだ。

語る機会さえ与えられなかった、という感じ。

先生とショウの間にあるちがいが大きすぎて、私は「それ見たことか!」とショウに言ってやりたくなった。

相手を安心させるためには、まず相手に話させる。そんな当たり前のことがおまえはできていなかったのだ。







最初から読む:『終わった恋の隠し場所 ~恋愛ではない何か~』

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