2018/05/05

終わった恋の隠し場所 ~負の力~


ショウに会うなり、彼のペースに巻き込まれてしまったようだった。

楽曲作りの世界について、ほとんど何も知らない状態だったので、すべて彼に教えてもらうという立場だった。

そのせいで、私は彼の生徒みたいな感じだった。

悪くなかった。分かりやすくて何よりだった。私はただ目の前で先生が何をしでかそうと、「すごいです、すごいです」と褒め称えていればよかった。

彼も彼で、先生という立場を楽しんでいるようだった。普段は本物の作曲の先生から教えてもらう立場だけど、「ついに自分も教える側の人間になったのだ」と意気揚々としていた。

私はいい生徒だった。

彼も先生としてその気だった。

それぞれが気に入った役を演じ、物語が円滑に進行していった。




私たちは何度か横浜で会った。

はじめは楽曲作りの打ち合わせが目的だったけど、しだいにただの友達みたいに目的が明確でなくても会うようになった。

カラオケにも行った。そこでショウが歌うのをはじめて聴いた。

下手ではないけど、特別に上手いわけでもない、というのが率直な感想。

でもX-JAPANのToshIみたい声が出せるのはすごいと思った。

そんな高音が出せるなら、プロを目指してみようという気持ちになってもおかしくなかった。

周りから「すごい」と何度も言われたことがあるんだろう。

ただし歌の上手い人間というのは本当に大勢いる。

ただ高い声が出せるだけではプロにはなれない。

それに彼はなんというか、歌い方が雑だった。

魂みたいなものが伝わってこない。

ナルシストすぎて、笑ってしまいそうになる。

それは、本人に言えば直るかもしれない。ただ彼は自分にとって否定的なことは一切受けつけないとユリアが言っていた。

私は黙って彼の歌を聴いていた。

2時間ずっと聴いていた。




ショウに洗脳されたユリアの気持ちが少しだけ分かる気がした。

彼はすごいエネルギーを持っている。そばにいるだけで圧倒されてしまう。

そのエネルギーは一見力強く、健康そうに見える。

でもちがう。そのエネルギーは売れたくても売れない人間が発する負のエネルギーだ。

暴力的で、破壊的で、自滅的だ。

できれば近づきたくない。触れたくない。

でも避けることができない。

無視することができない。

まるで思い通りに生きられない自分を代弁しているようだから。

彼が歌う姿は、まさに自分の痛みそのものを見せられているようだから。

私は小説家になりたくて、狂ったように文章を書いていた頃を思い出していた。

くり返し新人賞に応募して、すべてはねつけられたときの悔しさやみじめさを。

彼の歌を聴きながら、かわいそうだと思った。彼も、私自身も。

あ~長く生きてしまったな、と思わずにはいられなかった。

夢を見るのは自由だ。けれど誰もが抱いた夢を叶えられるわけじゃない。

もし私たちがお互い14だったら、今とはちがう形で、つまり傷のない状態で、純粋に惹かれ合ったかもしれない。

14までに出会っていれば、単純に夢を持つ者同士として、互いを必要とし、助け合う仲になったかもしれない。

ひょっとしたら、恋に落ちていたかもしれない・・・。

そんないい加減な妄想をした。

でもちがう。

実際はそうじゃない。

もう若くない。現実を受け止め、その中で生きることを覚悟した、もういい大人だ。

それに私は彼とユリアを引き離しに来たのだ。

ユリアの身代わりとして彼の前に現れたのだ。

感傷に浸ってる場合じゃない。

私は本来の目的を忘れはしなかった。

彼はストーカーだ。異常者だ。犯罪者も同然だ。

彼が真剣に歌えば歌うほど、魅力的に見えれば見えるほど、罵倒してやりたくなった。

「いつまでやってんだ!」

「誰もおまえのことなど愛していない!」

「一人で狂ってんじゃねぇよ!」

「さっさと消え失せろ!」

彼は歌い続けた。自分に酔いしれているみたいだった。

気味が悪かった。

意地汚い人間に見えた。

こんな男と自ら関わろうとしているなんて、ホントどうかしている。

私ってホントどうかしている。








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