2018/04/03

終わった恋の隠し場所 ~無名の作曲家~


※今回は私の友人・ユリアが語っていきます。ユリアの視点。





部屋にはメロディーが流れている。

彼が作曲している。私の彼氏。名前はショウ。

高い機材を買い込んで、ずいぶん本格的にやっている。

ぜんぶで300万くらいしたって言ってたっけ。

私は作曲なんてまるでできないので、彼のことをすごいと思っている。

まだ一曲も世に出していないけど、そのうち出して、ヒットするんじゃないかと少し期待している。

いえ、ウソ。たぶんダメ。ムリ。

音楽をやってる人は多すぎる。

それに彼のリズム感はかなりいいと思うけど、歌があんまりうまくない。

歌。作曲家には必要な要素なんじゃないかと思う。よく知らないけど。

歌が下手な作曲家。いいようには聞こえない。




ショウと付き合って3年になる。

彼といるときはいつも作詞の手伝いをしている。

デートはしない。二人ともお金がないから、どこへ行っても楽しくない。

それより曲作りしているほうが楽しい。

それはもちろん彼の意見だけど、私もいつからか彼と外に出かけるより、彼の家にいるほうが落ち着くようになった。

それよりも私が作詞?

ふざけてる。あまりにふざけすぎてる。

私にことばのセンスがあるとは思えない。

でもやる。下手くそと言われてもやる。彼がやれというから私はやる。

作詞をしながら、もし私がトモだったら・・・と考える。

トモは大学のときに知り合った友達。

会うたびにいつも手紙をくれた。長い手紙。どんどん長く、緻密になっていく。まるで小説みたいな。私たちが生きるためのシナリオみたいな。

大好きだった。トモは私を輝かせてくれた。私を私らしくいさせてくれた。

私よりも、私のことを解ってくれていたんじゃないかな?

そうだ、きっと彼女だったら、ショウの作り出すメロディーにステキな詞をつけることができただろう。

何でもないメロディーを物語に仕立て上げることができただろう。

そして彼という怪物を上手に扱うだけのタフさとズルさがあっただろう。




私はいったい何をやってるんだろう?

私はショウのことがもう好きじゃないのに、軽蔑さえしているのに、離れることができないでいる。

こういうのを、たぶん、依存っていうんだと思う。

私は彼に口応えしない。何か言い返したいときは、反対に強く黙り込む。

完全な静止。

そうしていると、私は彼の奴隷みたい。

監禁されているのだと思い込むと、にわかに興奮さえしてくる。

もちろん監禁されているわけじゃない。

私は自由。彼の場所へ自由に出入りすることができる。

問題は私が入り浸っていること。

出ていかなくなったこと。

出ていく気力がないこと。

私は仕事をしてない。就職して、1年もしないうちに辞めてしまった。

住む場所もない。彼の家で寝泊まりし、貯金を切り崩しながら生活してる。

彼に家賃や光熱費を払ってないから、養ってもらってるとも言える。

実家が近いので、ときどき帰ることもある。

服を取りに。

でも実家にはできるだけいたくない。

いても、することが何もない。

また働こうという気になれない。

健全に見える人たちと交わりたくない。

にぎやかで陽気な世界にもう興味がない。

実家で死んだような状態でいるくらいなら、彼の家にいるほうがまし?

分からない。




私はショウをぶん殴ってやりたい。

私の詞を否定するたび、私の人格まで否定するたび、彼を殴りつけてやりたい。

彼はバカだ。無能だ。

いったい誰が自分の作った詞をけなされ、自分の内面までけなされてもなお、無名の、自称作曲家の彼を自分の側の人間だと思うことができるんだろう?

こんなバカとは誰も仕事をしたがらない。

きっと周りからもそう思われてる。

顔を見るのもうんざり。

実際、私はもう何ヶ月も彼の顔をまともに見てない。

もう限界。

それはそうなんだけど、けれども、この男がバカだから私自身バカでいられるとしたら?

私はバカでなかったら正気でいられなかった。

私は狂った世界で唯一正気を保っていられた。










はじめから読む:『終わった恋の隠し場所 ~恋愛ではない何か~』

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続きを読む:『終わった恋の隠し場所 ~闇の奥から差し出された手』



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