2017/06/02

I need Susu-Huhu


 汗が止まらない。


 調子に乗って風呂にゲルマニウムなんとかといううさんくさい入浴剤を入れたのがまちがいだった。


 汗腺が破壊された。


 風呂から出てノドが乾いてしかたがないので水をガブ飲みすると、飲んだ分だけ全身の毛穴という毛穴からプシューッと汗が噴き出す。


 悪循環?水分補給はためらわれる。


 しかし、しないと干からびていく。




(例の入浴剤。すごい威力!)



 どうしちゃったの、私のカラダ!


 おまえはいつもにぶくて、良い効果のあるものにはなんにでも無反応。


 汗だけじゃない。おまえから外へ出すべきものを出さずに内にため込んで、この私にずいぶんしんどい思いをさせてきた。


 ところがどっこいこのありさま。


 流行りの入浴剤、ないし流行りそのものが気に入ったのか、しっぽをふりふりして飼い主に取り入ろうとするワンコのごとく、私が思わずお尻をふりふりしたくなるほどご機嫌に私の新陳代謝を改善させ、私に取り入ろうとする。


 いや、私はおまえが大嫌いだ!


 おまえなんかクソ食らえ!


 カラダ死ね!


 私は魂だけで生きたい。


 近頃じゃ呼吸するのもめんどくさい。


 不安が大きくなると、急にカラダがカチコチになって動けなくなる。慌てて祖母に伝授されたリラックスするための腹式呼吸をやるのだが、もうしたくない。


 かっこ悪いし、疲れるし、それになにより、泣きたくなる。


 なぜなら、それが必要になるのはきまって外出時だからだ。


 電車に乗る前、乗車中、勤務中、買い物中、ただ道を歩いているとき、すなわち、いつなんどきそのカチコチの初動があるか分からない。


 誰が、なにがキッカケで起こるかも定かじゃない。


 たとえ世界がじっとしていたとしても、私の内側でなにかが起きたらOUTだ。


 私は胸に手を当て、ちょっとうつむき加減でスースースーと鼻からできるだけ細く息を吸って、腹いっぱいに吸いきったら、今度はフーフーフーとさらに細く細く糸のように息を吐き出す(この技を教えてくれた亡き祖母の顔を思い出しながら)。


 いちど、ある程度気を許している同僚と歩いているとき、それをはじめなくてはならなくなったことがある。


 こいつなら説明しなくても大丈夫だろうと思い、取引先に向かう道の途中で私はいきなりスースーフーフーをはじめた。


 と、なぜか彼女もいっしょになってスースーフーフーやりはじめた。


 いや、おまえはスースーフーフーする必要ないから。


 なにかの遊びだとでも思っているのか。


 いや、知ってる。彼女はそうやってなんでも私のマネをすることを。


 たちの悪いマネっ子ちゃんだ。


 私が禁酒すれば彼女も禁酒する。


 禁煙すれば彼女も禁煙する。


 恋人を作れば、恋人を作る。


 フラれれぼ、フラれる。


 これは絶対にマネできないだろうと家でサッカーボールに見立てたケーキを焼いてオフィスで配ったら(ワールドカップの年だった)、次の週、彼女もクリスチャーノ・ロナウドの似顔絵ケーキを焼いて持ってきた。


 もっと細かいことでもそうだ。


 私がコロンをつけだすと、彼女もいい匂いを漂わせはじめる(それまでお互い無臭派宣言していたのに)。


 さらに、私がスマホケースと化粧ポーチを無地からスヌーピーに変えると、彼女も定期入れと歯ブラシセットをへんなちんちくりんの猫のやつからスヌーピーに変えた。


 無地からスヌーピーはアリだが、猫から犬への入れ替えは容認しがたい。


 私に合わせているとしか思えない。


 ふん!いちいち私に連動するな!


 そして、ついにゾッとさせられる領域にまでやってきたのだ。


 カチコチにならないためにスースーフーフーする私の傍でスースーフーフーやって見せる彼女の姿は恐怖に値した。


 まるでこの私を乗っ取られてしまうような恐怖。


 『私』なんてものはなくなってしまえ、とは日頃から思ってなくもないわけだが...


 背筋にツーっと冷や汗が流れ落ちた。


 やはり、乗っ取られるのはいやだ。


 恐怖が全身に伝わると、ブワッと汗が噴き出した。

 
 あのときのブワッと襲われる感覚と、今ゲルマニウムの入浴剤で汗腺がぶっ壊れておびえているかんじはとても似ている。


 とすると、これは、今、この噴き出す汗は精神的なものから来ている部分もあるのかもしれない。


 噴き出しているのは汗ではなく、日頃からため込んだ不安や焦りやその他良くないものの結晶なのかも。


 じゃあ、なんだ、もう、今こそスースーフーフーするしかないじゃないか!


 ああ、もう!おばあちゃん助けて!


 スースーフーフー...


 スースーフーフー...


 火照ったカラダは徐々に冷めていく。


 ん、少しラクになってきた。


 あと、10分続けてみよう。 


 ん、あと10分...


 夜はひたすら深まっていく。