2017/05/19

アリギリス~私とキリ子さん2017~ 第3話


 キリ子さんは事前に旅行の話をしなかったけれど、彼女が旅行好きなことは知っていた。


 好きとかいう範疇じゃない。


 旅行マニアだ。


 大学時代一年休学して、バックパックひとつで世界一周してきたこともあるそうだ。


 酒の席で、その長い長い旅の様子をアルバムをめくりながら語ってくれたことがある。


 「世界平和は私たちが生きているうちには絶対に来ない」


 それが、キリ子さんが世界を渡って実際に見てきたことであり、彼女が世界全体に対してネガティヴなことを言った最初でおそらく最後のセリフだった。


 聞かされて、私がすっかり脱力してうつむいてしまうと、キリ子さんは『なんちゃってなんちゃって~』と言わんばかりに急に大阪のおばちゃんモードに自分だけを切り替えてワインの残りを飲み干した。


 私は、世界平和が来ない話を聞き耐えられなかったわけじゃない。そんなヤワじゃない。世界はなかなか平和にならない、それは分かってる。テレビやネットを触れていたら誰しもが、どこのお嬢ちゃんお坊ちゃんでも気づかなければならない事実だ。というより、あまりに溢れ、あまりにあからさまなので、そうしたテロだの核実験だののニュースの衝撃に麻痺まで起こしているしまつ。もうそんなことじゃまったく驚嘆できません、みたいな。


 ただそのことを、世界規模の絶望を、あの天真爛漫なキリ子さんの口から聞きたくなかったのだ。


 彼女からは、「なんか世界にはいろんな人がいるし、いろいろな背景があるけど、ま、あたしらがばあさんになる頃にはなんとかひとつに、なんとなくひとつにまとまるんじゃね?ひとつにはならないにしても・・・・・・いつかどうにかなるっしょ」のようなことが聞きたかった。


 それとは別に、わざわざ300万くらいの旅費をバイトしまくって集めていざ世界を一周してきた人が、そんなでかい絶望を抱えて帰ってきてほしくなった、というのもある。


 そのとき私の心は悲しみと反発を通り越してかぎりなく無に近づいてしまったけれど、だからと言ってキリ子さんのことが嫌いになったわけでは全然なかった。


 むしろ他者に強く興味が抱けない体質の私の中で、『興味深く見守る必要がある」のレベルにまで上がった気がする。

  そして今回の香港、マカオの件でさらに上がった。









 キリ子さんがリフレッシュ期間に入って2週間が経とうとしていた。


 私は相変わらずの節約人間で、安いマンションなら買えるくらいの貯金があり、しかしマンションを買いたいなどという欲求はさらさらなく、毎日ひたすらもやしと豆腐ばかり食べていた。


 生活費で削れるところは残すは食費だけだったのだ。


 もちろん外食はゼロ。もしくは私にとっての外食とは、会社帰りにセブンによって缶チューハイとアメリカンドッグを買って、歩きながらそれらを腹に詰め込むことだった。


 ごく稀に、会社の付き合いで複数人の飲みに誘われたときは、正社員の男性が含まれている場合のみ、キリ子さんを見習ってできるだけそいつらに多めに出させるような空気を作る努力をしていた(私の倍以上給料もらってんだ)。お金がないとハッキリ言ってしまうのが一番いい方法であることが分かってきたところだった。


 なんだかな~と思いながらテクテク家に向かい、アメリカンドッグの棒にこびりついた揚げ物のカスをかじっていると、またキリ子さんからLINEが来た。2枚の画像付き。





「商品に埋もれる店主~^ ^」







「そんなに辛くないです!グー!」







 韓国に移ったらしい。こ、この2週間動きまくってんな。
 

 お金大丈夫なのかな。全部男の人に出させてるのかな。

 
 次はどこの国から送られてくるんだろう・・・・・・。





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青春っていいですね。たぶん私とはなんの関係もない。
『人生とは八つ裂きの刑に遭うようなもの』とエミール・シオランは言っている。
私がおすすめなのは右のほうですね。
シリル・コラール。フランスの文学です。
ジュネに影響を受けています。