2016/06/30

古紙回収倉庫にあるお宝発見!?



うすうす感づいてはいた。そんなことだろうと思っていた。そして今日確信した。

私の住んでいるマンションに私によく似た人間がいる。

私と同じことをしようとしている野郎がいる。

何号室のやつかは分からない。名前も分からない。顔も分からない。

ただ「いる」ということは確かだ。

それはマンションの共有スペース、古紙回収倉庫内で判明した。

古新聞や古雑誌が無造作に積み上げられている四畳半ほどのほの暗い部屋。

一瞬、私自身が捨てたのかと思われた本。

私の一番興味のある本。

文学それ自体。

歴代の芥川賞作家の本。

まちがいない。それらを捨てた人物は、その作家が好きで購読したのではなくて、あくまで勉強のために購読したのだ。なんの勉強?書く勉強だ。西村賢太を好んで読む人が藤野可織を好んで読むはずがない。純文学にもタイプがある。文体にはそれぞれクセがある。思考にも傾向がある。自分の好きなタイプでない本を読むのははっきり言って苦痛だ。だが、そこからなにか得ようと思っているのなら、多少の苦痛はがまんせにゃならん。

捨てられているのは……、どれも新品。単行本(野郎の収入は私よりもはるかによさそうだ。安定したいい職についているか、ボーナスがちゃんと出るような、あるいは夜の仕事をしているのかも)。

BOOK OFFに並ぶまで待てないんだな。短気?いや、ちがう。早く読まなければならないとあせっているにちがいない。

すなわち、現在小説の原稿を書いている、書こうとしている可能性大!

および、各出版社主催の文学新人賞に応募予定あり!ないし応募経歴あり!

ふむむむむむむむむむ!








その、作家志望の誰かさんが、今度引っ越すらしい。

捨てる本の勢いが加速化されてきた。

毎日毎日捨てまくっている。

あるいは作家になるのをあきらめようとしているのか?

家に来た家族か恋人が捨てているのかも。「もういいかげんにしなよ」なんて言いながら。

事情は分からないが、こちらが深刻になることはない。

この新品単行本捨てまくりもったいなさすぎ事件をしかと見届けるまでだ。

おおお、古本も混ざってきたな。

島崎藤村?中上健次?そんなのも読むのか。読書家だな。ブログやってないかな。

でもやっぱり最近のものが多いな。

朝井リョウ『スペードの3』、重松清『再会』 ふっ、血迷ったな。

なんでも読めばいいってもんじゃないぜ。

村上春樹『女のいない男たち』へぇ、捨てちゃうんだ。人にあげればいいのに。友達いないんだな。私といっしょだな。

おっと、ノーベル文学賞受賞作っすか、カミロ・ホセ・セラ、シモン……

読むのは自由さ。

ひょっとして、私が想像している誰かさんは一人じゃないのかな?複数?

いや、一人だ。

本を数冊まとめたときの、ビニール紐の結び方、その結び目、蝶々の輪の大きさがどれも同じだ。

ああ私は不審者さながらだ。不審者だ。変態だ。人が捨てた本を確認していちいち喜んでるんだから。いったいどんなかんじの人なんだろう?男?女?何歳くらい?どんな話を書くの?どんな生活をしてるの?

古紙回収倉庫の前で張ってれば本人に遭遇するにちがいないけどな。そもそも私にゃ捨てる本がないし。新聞もとってないし、雑誌も読まない。用はない。用はないけど……、それがなんだ。私の勝手だ。だいいちマンションの共用部分なんだ。手ぶらでも堂々としてりゃあいいさ。

でも、たぶん作家志望の誰かさんは近いうちに本当に引っ越しちまうんだろうな。さみしくなるな。このお祭り騒ぎがなくなってしまうなんて。新品の単行本を捨てるなんて尋常じゃない。尋常な精神でないのかも。異常者か。なら同じだな。気が合いそうだな。

私の存在を相手に知らしめるために、私も本を捨てるというのはどうだろう?

ふむふむ。やってみて損はなさそうだ。部屋も片付くし。ほとんど腐りかけているような本はこれを機に整理してみるかな。

でも待てよ。捨てる本のセンスを考えにゃあかん。相手を意識して捨てなくては。

となると、そうむやみに捨てられないな。悩むな。ふふふ。楽しみが増えたってもんよ。

まずはサリンジャーあたりからあいさつしとくかな。『ナイン・ストーリーズ』がなぜか二冊あったから、ぼろいほうを出しておくか。ん?ぼろいほうでいいのかな。ここはあえてきれいなほうを出しておくか。相手に気に入られなくちゃ意味がないからな。ふふふ。楽しくなってきたぞ。